今から30年ほど前 義父の看取りを家族でおこないました。まだ小さかった息子たちも一緒にその瞬間に立ち会いました。
義父の癌のターミナルの経験から 当時、緩和ケア スピリチュアルケアについて学びその重要性を知りました。
地元でもホスピスケアについて学び啓蒙する市民団体ができてそこに参加し活動していました。
一人暮らしの方のターミナルケアのお手伝いをしたり、余命宣告を受けた友人の最期の希望で一緒にコンサートをしたり、また別の友人とは最期の演劇の舞台も共演しました。その当時その方々からたくさんのことを学ばせていただきました。

時は過ぎここしばらく日常に追われて「死」について目を背けていたように思います。
そんな中92歳の母が脳梗塞で倒れました。幸い命はとりとめ病状も改善しましたが 母の「死」というものを間近に感じた時 25年前の自分に再び呼び戻されたような気持ちになりました。
そんな時「看取り士」の存在を知りました。
看取り学を学ぶ中で私が無意識に「死」について目を背けていた理由が見えてきました。それは。。。。私の父は孤独死でした。
発見者は私です。その時の強烈な罪悪感と悲しみ、私はすべてを感じないように長年心の奥底に蓋をしていたように思います。

プラスの死生観、命のバトンについて学んだ時、心の奥底の蓋が外れて自分の感情に気づきました。
そしてそこから自分のことを許し受け入れ、父からの命のバトンを受け取ったと思えたのです。今も父がすぐそばで私を応援してくれていると感じています。

「死」を見つめた時 人は「今を生きる」ことができると私は思っています。
でも自分一人ではなかなかそれは難しく そんな時「看取り士」がただそこに寄り添っていることで助けになると思います。
そんな看取り士でありたいと思っています。
看取り士 益井美由紀